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運行休止太鼓台

長持子供太鼓台

浜田子供太鼓台

葱尾子供太鼓台

柴生町より飛び地で川之江八幡神社へ奉納。太鼓台創建の一年目だけ川之江まで運行。早い時期に運行休止

20年以上前より運行。幕は御殿で社札に「浜田」とあった。四本柱は補強し、掛布団は新しかった。運行休止前の数年は投光器。以前は提灯で。1995年頃より出なくなる。2001年、二日間だけ運行。

川滝町石川の方によると川滝町は戦前より太鼓台を運行していたようだ。葱尾は旧村唯一の太鼓台である。探したが見つからず、運行休止と思われる。

 

 





山田井下子供太鼓台

大久保子供太鼓台

平山子供太鼓台

山田井の子供太鼓台は上・下の二台で運行されていたが、少子化のため一台に集約。山田井上子供太鼓台を山田井全体で運行。山田井下子供太鼓台は使われていない。

少子化で1997年頃より運行休止。組み立て・保管は金田公民館上の建物を使用していた。現在は取り壊されて無い。今も保管しているのだろうか?

 少子化で1997年頃に運行休止。金田町で一番高地にある地区で。登坂が急であり、運行には難儀したと思われる。平面の飾りであった。

川原田団地子供太鼓台

走り出子供太鼓台

飼谷子供太鼓台

伊予三島市よりレンタルしていた。川原田団地太鼓台保存会が運行していたが、団地自体が少子・高齢化しており2005年を最後に運行を中止した。

少子化で一自治会での運行に支障をきたしたため、隣の井之上との連合太鼓台となる。下之町新調の折、飾りを購入し井之上太鼓台を基礎として運行。太鼓蔵も「井之上走り出太鼓蔵」

 少子化により飼谷自治会での単独運行が困難になり、周辺自治会との連合太鼓台「半田北子供太鼓台」を運行している。基礎は飼谷?

 

 



山下町子供太鼓台

新町子供太鼓台

駅通子供太鼓台

2001年頃?から運行休止。大正時代に大人太鼓台を売却し、昭和後期に子供太鼓台を建設。少子化により運行休止となる。飾りなどは他地区にレンタル。是非、復活する時は大人太鼓台で

1997年?頃より運行休止。掛布団は水引細工?で創られていた。晩年、金糸刺繍のものとなる?ビデオでしか、見たことが無いので詳細不明

2001年?で運行休止。14日に他の太鼓台は動いていたが駅通だけ組み立て場におかれたままでした。これが、生でみた最後の姿・・・。大人太鼓台建設を試みるが断念。布団締め一枚のみ製作した

「太鼓台を考える」画像

「太鼓台を考える」画像

「太鼓台を考える」画像

港通り子供太鼓台

川原町子供太鼓台

朝日子供太鼓台

 少子化で運行休止。199?年より運行していない。刺繍は平面で布団締めの図柄は舞い鶴。たぶん、復活は無い

三島町川原町子供太鼓台として運行。屋号「子雲龍」播州反り屋根布団型であり、重の四方に「龍」「唐獅子」の金物が付けられていた。少子化で2003年頃から運行休止2005年の春にイベントで一度だけ運行された。○○商事本社で組み立て・保管

 1997年頃より運行休止。毎年10月上旬に組み立てだけ行う。これは、妻鳥町松木に貸し出しているため。太鼓台を組み立てた状態で収納できる蔵がある(本体のみ)

「太鼓台を考える」画像

 

 

 西新町子供太鼓台

 

 

1990年代に少子化のため運行休止。世代構成からも復活は無い。新居浜型の子供太鼓台で川之江町唯一の形状だった。現存しているのかも不明

 

 

「太鼓台を考える」画像